今日は、昔から伝わる「妖怪」の話です。
と言っても、怖い話ではないので安心してください!
霊を見た話はこちらの記事にアップしています。
「妖怪」ブームは江戸時代からある
実は、江戸時代に「妖怪」ブームがあったそうです。
以前、葛飾北斎の展覧会に行ったのですが、「妖怪」の絵がたくさんありましたよ〜
面白い記事があったので、貼っておきます。
妖怪とは、人間の理解を超えた科学では説明できない、超自然的な現象や存在のこと。科学や医療が発展していない時代の人々にとって、災害や病気はとても「不思議」なできごとでした。昔の人は、こうした超常的な事象を妖怪のしわざとして理解していたようです。妖怪と神様はかなり近い存在で、嵐や地震などの直接的に怖ろしい出来事には「神様」、よくわからない不気味な恐怖には「妖怪」を当てて納得していたのかもしれません。
https://www.nansuka.jp/taniguchijunpei/p010690/ より引用
民俗学者の柳田國男は、「特定の場所に出現するのが妖怪、特定の人前に出現するのが幽霊」、国文学者の諏訪晴雄は「人の属性を備えて出現するのが幽霊、人以外のもの、もしくは人が人以外の形をとって出現するのが妖怪」と定義しています。
https://www.nansuka.jp/taniguchijunpei/p010690/ より引用
奈良時代に書かれた「古事記」や「日本書紀」には、大蛇(ヤマタノオロチ)や鬼が登場し、妖怪の起源になったとされています。平安時代には「今昔物語集」や「宇治拾遺物語」など怪異にまつわる説話集が編まれました。鎌倉時代〜室町時代には、物語絵や絵巻物が制作されるようになり、妖怪の姿かたちが表現されはじめたのです。江戸時代に入ると、妖怪ブームが到来。幽霊や妖怪を描いた浮世絵が多数創作されました。菱川師宣や歌川広重など、江戸時代を代表する浮世絵師の作品にも妖怪が登場しています。
https://www.nansuka.jp/taniguchijunpei/p010690/ より引用
妖怪の起源は、奈良時代だったんですね。
「古事記」や「日本書紀」に登場した”ヤマタノオロチ”や鬼が「妖怪」の起源とされたのは興味深いです。
”押し入れ”にいたのは「座敷童子」?
座敷童子(ざしきわらし)は、主に岩手県に伝わる妖怪。座敷または蔵に住む神と言われ、家人に悪戯を働く、見た者には幸運が訪れる、家に富をもたらすなどの伝承がある。
Wikipediaより引用
「座敷童子」は、岩手県の妖怪なんですね。初めて知りました。
「妖怪」って聞くと、どんなイメージを持ちますか?
和多志は、あまり怖いイメージはないです。
悪さをする妖怪もいると思いますが、幸運をもたらすこともあるというのは面白いですね。
小学生の時、家の2階の部屋にいました。
休みの日で2階には誰もいないという状況。
自分の部屋にいたら寝室の押し入れから音がしました。
「ガサッ、ガサッ」と聞こえるんです。
「最初は、虫か、動物か」なんて思いました。
実家は田舎の場所ではないので、動物はまずないです。
恐る恐る部屋に近づくと、音がけっこう大きいんですよ。
兄弟も1階にいたので、誰もいません。
「待てよ。侵入者か?」と思いましたが、物が入っていたので人が入れる大きさでもありません。
結局、怖かった和多志は、押し入れの扉を開けることができないまま1階に降りました。
いまだに、この正体は分かりません。
年齢を重ねてから、「座敷童子」という存在を知りました。
今思うと、「座敷童子」だったのかもしれません。
「霊」か「妖怪」か、何か分からないけど、目に見えない存在だったと思います。
こんな話を聞くと、押し入れを開けるのが怖くなりますね(笑)
学生の時、卒業パーティーで他の課程の先生と話していたら、妖怪を研究している人に出逢いました。
「龍が出る池があって」という話をしてGoogleマップで池の形を見せると、「この形は出そうだね」なんて言ってました。
あとは何の話をしたか全く記憶にありませんが、市川先生という名前だけは覚えています(笑)
いつの日か「ホンマでっか!?TV」に出るかもですよ〜
世の中でも「妖怪ブーム」は頻繁にある
和多志が、幼い頃は「ゲゲゲの鬼太郎」、「地獄先生ぬ〜べ〜」が流行っていて観ていました。
面白いことに日本人って、幼い頃から自然と「妖怪」や「鬼」といったものに触れていますよね。
どちらかというと、「妖怪」というものに親しみやすい印象を与えています。
今年の夏休みに島根県の「水木しげるロード」に行ってきました。
「水木しげる記念館」の近くには、「妖怪神社」、「河童の泉」など面白いスポットがありますよ〜
「水木しげる」さんは目に見えない世界が見えていたんでしょうね。
少し前は「妖怪ウォッチ」、最近では「鬼滅の刃」、「呪術廻戦」が流行っています。
やはり、定期的にこの分野はブームがきています。
「妖怪ウォッチ」も「妖怪」を怖いものとしてではなく、親しみやすいものとして描かれています。
これも何かのメッセージです。
「妖怪」の歴史のところでありましたが、妖怪と神様はかなり近い存在でした。
よくわからない不気味な恐怖、つまり、得体の知れない畏怖なるものに対して、「妖怪」と当てはめていたんです。
「妖怪」の氣持ちになってみると、「なんで怖がるんだ?」と思っているかもしれません。
人間が怖がって勝手に作り上げたのが「妖怪」だとしたら、最近のアニメ作者達は元の状態に戻しているのでしょう。
違った視点で「妖怪」を見ていくと、新たな発見があるかもしれませんよ〜
いろんなことに氣づけると、人生楽しい!!
明日は、最近新たに出逢った方と飲みに行きます。
ドイツでは普及されている「波動療法」をされている方です。
どのような情熱やエネルギーを持っているのか、どんな生き様なのか、ここから新たな展開があるのか、とワクワクです!
毎日、ワクワクすっぞ!!
最後までありがとうございました。
コメント
コメント一覧 (4件)
こんにちは!最近このブログにコメントするのが日課になっています笑
確かに幽霊や神様は人の形をしているイメージがありますが、妖怪はそうではないですね。菅原道真、平将門、崇徳天皇は日本三大怨霊とされていますが、その霊力の強さから神様とも同一視されています(太宰府天満宮や北野天満宮に祀られている学問の神様は菅原道真ですしね!)。このように人間が幽霊になり、その後神様として祀られるという事例も少なくありません。一方で、人間がそのまま妖怪になるというのは私はあまり聞いたことがありません。また、幽霊が出やすい時間帯は丑三つ時であるのに対して、妖怪は明け方に出やすいともされています。妖怪は通常目に見えない存在の中でも少し特別な存在ですよね〜。
座敷わらしについてですが、平民宰相として知られる第19代内閣総理大臣の原敬首相は東北遊説中に宿泊した旅館で座敷わらしを目撃し、その後すぐに内閣総理大臣に就任したそうですね。妖怪は見えないところで人間の歴史にも影響を及ぼしてきたのかも知れませんね!ワクワクします!
今日も良い一日になりますように…
平民宰相、原敬の話私も本で読んだことがあります。座敷わらしの由来は、かつての飢饉の際に間引きされた子どもと言う説があります。原敬が平民宰相と呼ばれるようになったのは、それまでの常識を覆し、爵位を持たない首相になったからと言われていますが、原が爵位を持たず、庶民に味方をしたのはこの座敷わらしとの出会いが関係しているみたいです。遊説中に座敷わらしと出会いその由来を知った原は、間引きなど決して行うことが無い、幼い子どもが命を落とすことがないような安定した社会を作ろうと決心し、庶民派の宰相として活動していくように決意したそうです。
また、三菱を作った岩崎弥太郎も、成功する前に座敷わらしに出会ったという話もあります。岩崎も座敷わらしとの出会いを忘れず、己の私欲に走らずに、せめて自身の会社の労働者に還元しようと行った事が、現在の会社におけるボーナスの起源だとされているみたいです。
歴史においても、座敷わらしはとても重要な役割を果たしているみたいです。これ以外の我々の知らない場所でも、様々な妖怪が何らかの影響を及ぼしていると考えられますね。とても興味深いです。
ボーナスの起源が岩崎弥太郎と座敷童子だったなんて、衝撃です!!
ボーナスをもらっている人は、これを知るべきですね。
愛さんのコメントにおくしんさんが返信するという新たな構図(笑)
いつも刺激をありがとうございます!
おすすめの書籍があれば教えてください🙇♂️
いつもコメントありがとうございます!
ブログってインスタグラムと違って一方的なところがあるんですが、こうやって互いの想いを共有できるのは嬉しいです☺️
日本三大怨霊、原敬の話、面白いです。
座敷童から何かを受け取ったのでしょうね。
愛さん、歴史詳しいんだ〜😎
このコメントの内容で記事が書けますわ(笑)