龍神様が見えた時は「どういうサインなのか?」、「どのようなタイミングで見るようになるのか?」を実体験をもとに解説します。
龍神様が見えるようになったのは、昨年からです。
この話は、長くなるのでまた別回でします。
一つ言えるのは、人生の大きな転期を迎えた時。
子どもも生まれて、人生の方向性や考えを大きく転換しようとした時だったと思います。
昔から目に見えない世界には興味があったし、母から龍神の話は聞いていた。
でも何か意識したというよりは、全体的に方向性として、そのようなことに興味があって自分の中に持ち続けていたのかな?
もっと言うと、「絶対見るんだ」という力みはなかった。
龍神のことは忘れていたくらいですからね(笑)
ある時、知人の紹介である神社に導かれて、そこで龍神を見て意識するようになった。
やはり、全ては完璧。
必要なタイミングで必ず出逢うようになっている。
タイミングは人それぞれで「いつ」、「どんな状況」でそうなるかは誰にも分からない。そうなりたいという漠然とした意識を持つ、そのような思考で世界を見るというのは一つの要素としてありそうです。
龍神が現れるということのサインについてですが、これはいろんな解釈が人によってある。
前回、龍神を見た時に感じたことを書きますね。
この前運転をしていたら、「ん!?龍神!?」と思って車を止めて撮影したもの。
大きな身体と2つのツノと両目があるのが、見えますか?
片方の目は少し雲が流れて崩れかけてるけど、、、
この龍神を見た時に、感じたことがある。
「それでいい」
自分自身を内省し過ぎたり、マイノリティの立場になった時は、自分を信じることが難しくなる時がある。
そんな時に、龍神を見る。
「あっ、このままでいいんだ。全ては順調」と思える。
良い時も悪い時も、どんな状況であってもリセットさせてもらえる存在がいるのは有難いこと。
そこで、また「ありがとう」が芽生えるんです。
龍神が現れるサインは、その時に本人が感じた直感が全て。
これは龍神に限らず、目に見えない存在に対して、そういう捉え方をしてる。
龍神が現れるという神秘体験、そこで自分が受け取った感情。
当たり前のことではなく、心が躍る幸せな体験。
こうやって、「ありがとうが連鎖」されていく喜びを得る。
本来のスピリチュアルって、こういうことかなと思う。
「ある、ない」とか真偽を言い合うものでもなく、誇示することでもない、「崇高すぎる存在で自分とは違う」と区切りをつけるものでもない。
誰しもが感じ取れる存在であって、その要素はすでにみんなの中にあるんだよ。
最後までありがとうございました。
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